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20016月に訪ねた出雲の古墳見学紀です。梅雨の真っ盛りに23日の旅程で訪ねた出雲の古墳。出雲市から平田市、玉湯町、松江市などを駆けめぐるハードな見学行でした。22:50大阪梅田発の夜行高速バスを利用し出雲市駅に到着したのは翌朝7時前、座席は運転席の真後ろで足は伸ばせないし、更に冷房が効きすぎて寒いの何の、合羽を着て寒さを凌ぎましたが結局熟睡できず極度の寝不足でバスを降りることになりました。出雲は1994年の7月に訪ねていますので、今回で二回目ですが、前回は公共交通機関と徒歩で廻ったためすこぶる効率が悪く、見学できなかった古墳が多く残されていました。そんなこともあり以前から再訪したいと考えていましたが今回漸く実現できたわけです。

 

出雲市・平田市・斐川町・三刀屋町など

初日は出雲市とその周辺の古墳を中心に探索、以前見学することのできなかった古墳を中心に見学。出雲での見所の一つは横口式家形石棺ですが主なものは既に見学していますが、今回は偶然にも前回施錠されていて内部見学ができなかった大念寺山古墳の石棺も見学することができました。大念寺山古墳は全長12.8mと立派な石室を持ち、そして巨大な玄室には長さ3.3m・幅1.7m・高さ1.9mと巨大な横口式家形石棺が安置されていました。この付近では他にも妙蓮寺山古墳や宝塚古墳、上塩冶築山古墳、地蔵山古墳、と他にも見学可能な石棺が多く分布しています。

 

放れ山古墳

小坂古墳

妙蓮寺山古墳

出西小丸1号墳

大念寺山古墳

宝塚古墳

 

もう一つ出雲の特徴的な古墳文化といえば四隅突出型墳丘墓、弥生時代中期から古墳が出現する直前まで築かれたもので厳密には古墳には含まれませんが、西山墳墓群は山陰地方に多く見られる四隅突出型墳丘墓で、それも一辺が50mと当時では極めて大型のものです。ここは流石に親方日の丸管理、駐車場まで完備、古墳も見学し易かったですね。斐伊川を渡った平田市では上島古墳の畿内的な家形石棺を見学、石棺の割れ目から盛んに蜂が出入りしているので、刺激しない様に注意して写真を撮影しました。この時期は昆虫類が多いので気を遣います。再び斐伊川を渡り斐川町へと、全長48mの前方後円墳の神庭岩船山古墳を見学、後円部墳頂には舟形石棺の石材が置かれています。舟形石棺は蓋石だけですが、蒲鉾形の横断面、円柱状の縄掛突起、そして印篭蓋と九州的な特徴を備えています。備前岡山の古墳石棺に酷似している印象を受けました。近くの神庭岩舟遺跡を見学後、資料館で近隣の遺跡地図を入手、地図が無く不案内で心配された貴舟古墳の場所も判明、目差す古墳は封土が完全に失われ石棺式石室の玄室石材のみが残されていました。

加茂町の神原神社古墳を見学後、仁多町まで足を延ばし常楽寺古墳、岩屋古墳を見学、岩屋古墳の石室はどちらかといえば山陽的な感じを受けました。この日の最後は宍道町の伊賀見古墳と椎木1号墳、伊賀見古墳では天井石が失われた石棺式石室を見学、伊賀見古墳ではローマ字のH状に加工された閂が陽刻されている切石加工の閉塞石を見学することができました。

 

上島古墳

神庭岩船山古墳

貴船古墳

常楽寺古墳

小丸子古墳

神原神社古墳

岩屋古墳

伊賀見古墳

 

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出雲でのもう一つの見所は石棺式石室、二日目の松江では多くの石棺式石室を見学することができました。特に松江市の太田古墳群では5基の石棺式石室が狭い地域に固まって存在していましたが、場所を示す地図を事前に入手できず見学が危ぶまれましたが、地元の親切な方にご案内までして頂き無事に見学できたことは非常にラッキーでした。中には状態の悪いものもありましたが、この地方でしか見ることのできない本当に貴重な遺跡を見学することができ非常に感謝しています。

 

前日は安来の鷺ノ湯温泉で宿泊、晩に飲み過ぎたか若干お酒が残っていましたが温泉に浸かり体調も回復、早朝6時より古墳見学を開始しました。まずは近くの飯梨岩舟古墳を見学、古墳は封土が失われ石棺式石室の玄室部分が完全に露出していました。四隅突出型墳丘墓である宮山墳墓群に立ち寄り墳丘を撮影、山陰線荒島駅近くの丘陵上に所在する大成古墳を見学後、山陰道を一気に玉湯町へと向かいます。玉湯町の林古墳群では、出雲最古の横穴式石室を持つ全長18mの小型の前方後円墳である林43号墳や、石棺式石室を持つ林8号墳などを見学しました。林8号墳は群中唯一の方墳で20m×17mの規模、石室の玄室は入口を除き一枚石の切石で構築されていて、小型ですが非常に状態の良い石棺式石室です。

 

古代出雲の中心地松江では、九州的な舟形石棺の破片が放置されている全長50mの前方後方墳・竹谷岩舟古墳を見学。破壊されてはいるが蒲鉾形の横断面、円柱状の縄掛突起、そして印篭蓋と前日見学した神庭岩船山古墳の石棺と類似していることがわかります。前回訪ねた時には降りしきる雨の中、徒歩で廻った風土記の丘周辺は遺跡の密集地帯で、7年前は竹藪であった山代二子塚古墳では墳丘が整備され、墳丘の土層が公開展示されていました。山代方墳に隣接する集会所に車を停め、山代方墳の石棺式石室と永久宅後古墳を見学、永久宅後古墳は山代円墳とも呼ばれ永久氏宅に保存されています、見学はお断りしているとのことでしたが、お願いしたところ見学させて頂くことができました。飯梨岩舟古墳の石棺式石室を小さくした様な石棺式石室が露出していました。風土記の丘公園資料館を見学し、お隣八雲村の雨乞山古墳を苦労の末探し当て見学、羨道部は天井石が失われていましたが、玄門部分から奥はしっかりと残っていました。

 

飯梨岩舟古墳

永久宅後古墳

林43号墳

 

林8号墳

 

竹谷岩舟古墳

手間古墳

山代二子塚古墳

 

山代方墳

乃木二子塚古墳

井ノ奧1号墳

雨乞山古墳

 

中海と宍道湖を結ぶ天神川を渡り松江市北東部の古墳を見学に向かいます。天神川を見下ろす台地上に築かれた全長62mの前方後円墳である魚見塚古墳を皮切りに、石棺式石室を持つ岩屋古墳は民家の裏庭に保存されていました。奥壁に塗られた赤色顔料が鮮やかでした。近くの朝酌小学校校庭古墳の石棺式石室は、横口の位置が長辺側にあるのが他とは異なっていました。また廻り塚1号墳は出雲地方唯一の横口式石槨を持つ古墳で見逃すことの出来ない貴重なもの。松江市の薄井原古墳は全長50mの前方後方墳で、片袖型横穴式石室に組合型の家形石棺を見学することが出来ました。出雲で見学した横口式家形石棺に比べ平たい形状をしていることが印象的で、蓋石は4枚、その両側に縄掛け突起が付けられていました。

この日最後の見学地とした太田古墳群は地図もなくただ「持田小学校東側の丘陵に存在する5基の石棺式石室」とあるだけで、おもいっきり苦戦が予想されましたが、親切なご婦人と出会い案内して頂くことができ5基の石棺式石室を無事に見学することが出来ました。

 

さすがに3日目ともなるとお疲れモードでしたがそれでも8時前には松江のBHを出発し活動を開始。1基の石室を見落とした薄井原古墳や島根大学の裏手にある金崎古墳群を見学後、宍道湖に沿って古曽志古墳群や丹花庵古墳へと向かいます。丹花庵古墳の墳頂には出雲では珍しい長持型石棺の蓋石が露出しており、その蓋石には格子状の線刻が彫られています。この様な貴重なものが無造作に置かれているなんてさすが出雲は奥深いと改めて感じてしまいました。予定した古墳の見学は10時を待たずに早くも終了してしまったので、風土記の丘周辺の遺跡を見学し、最後は八雲町の熊野温泉3日間の疲れを癒す余裕もありました。時期的に天気が心配されましたが雨に降られたのは3日目の午後のみ、最後は温泉に浸かって疲れを癒すというおまけまであり充実した古墳見学旅行でした。

 

釣酌岩屋古墳

魚見塚古墳

廻り塚1号墳

 

 

 

薄井原古墳

 

佐々木畑古墳

加美古墳

野津宅前古墳

加佐奈子古墳

太田古墳群

 

丹花庵古墳

古曽志古墳群

 

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出雲の古墳文化

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四隅突出型墳丘墓

四隅突出型墳丘墓は、弥生時代終末期から古墳時代初期、すなわち大型の典型的前期古墳の出現する直前に出現した特殊な形態を有す墳丘墓で、特に出雲、伯耆地方を中心に、北陸地方から広島県にかけての日本海沿岸に多く分布しています。この墳墓では四隅や墳裾の配石構造に特徴があり、日本国内での類例はほとんど知られていないことから、大陸、特に朝鮮半島北部の墓制との関連が指摘されていますが、未だ結論は出ていません。

 

更に平野を挟んで隣接する荒島丘陵上に造山古墳群や大成古墳など、竪穴式石室をもち、鏡が副葬された前期の大型古墳が連続的に築かれています。これらの古墳は斜面に葺石持ち、造山1号墳では、四隅が突出している可能性も指摘され、仲仙寺古墳群との関連が認められます。他にも出雲平野を基盤とする丘陵地でも同様に、四隅突出型方形墳丘墓と、方墳や前方後方墳とがセットで、相互に密接な関連性をもって分布しています。こうした首長墓における共通性は、出雲を一つの中心として、山陰から北陸に至る広範な地域に分布していることが知られています。従ってこれらの地域では共通の埋葬理念が存在したことが示唆され、同時にこの成立背景には、日本海沿岸地域の集団間における極めて密接な地域間交流が存在していたことをしめすものと言えます。またこうした極めて地方的特色を有す墳墓形態が地域的にまとまりを持って存在したことは、弥生時代後期から古墳時代前期における文化的な多様性を示すものであり、その分布中心であった出雲地方が北部九州地方や、瀬戸内・近畿地方とは異なる独自の文化を有していたことを明確に示すものといえます。

 

日本列島最古の四隅突出型方形墳丘墓として、弥生中期頃の築造と見られる広島県三次市の宗祐池西1号墓があげられています。この墳丘墓では四隅に小さな突起があり、墳丘は周溝で囲まれており、また同時代の方形墳丘墓である京都府の志高遺跡の方形墳丘墓では、斜面に貼り石が施され、四隅の一箇所に墓道の痕跡が認られています。こうした四隅突出型方形墳丘墓の要素を持つ方形墳丘墓も確認されており、これらを含めた弥生時代の方形墳丘墓における墳丘の墳裾と列石の形態変化から、四突出型方形墳丘墳を時期別に5段階に分ける試みがなされています。その試案では方形の低墳丘墓から四隅突出型方墳へと至る連続的な変遷を解説し、四突出型方形墳丘墳の起源を中国山地に求める物として注目されていますが、先に示した朝鮮半島起源説などもあり未だ解明されていません。

今回見学した出雲の代表的な四隅突出型方形墳丘墓である西谷3号墓は、突出部を含め東西50m、南北40mと弥生時代後期では極めて大型の墳丘を持つことから、ここ出雲には近畿や九州、そして瀬戸内地方などとは文化を異にする極めて強大な勢力が存在していたことを示す物として注目されます。

 

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石棺式石室と横口式家形石棺

出雲地方の特徴的な石室構造の一つが石棺式石室です。石棺式石室とは家形石棺の一側面に戸口の孔を設け、その前方に羨道が付設されたものをいいます。典型的な石棺式石室で整った形式のものは、蓋石の外面もきちんと家形に加工され、石室というより石棺の部類に入れたほうが良い様なものもあります。しかし普通の横穴式石室と同様、石室内部に石棺や特殊な石床や石障などの遺骸を納める構造を備えたものがあるので、横穴式石室の一種としてみなされています。

 

山陰地方おける石棺式石室は出雲西部・東部、伯耆西部・中部・東部そして因幡西部に多く分布していますが、同じ石棺式石室といっても相当の地域差が認められます。分布の中心である出雲地方東部地域では、典型的な形式の石棺式石室の集中が見られます。典型的な石棺式石室とは、大型の家形石棺の一つの側壁に、戸口を刳り抜き羨道を付加したもので、出雲地方に多く見られる横口式家形石棺に起源をもつものと考えられています。ただ実際に見学してみますと、当に家形石棺様の形状をした物から、単に切石で構築された小型の石室の一方に刳抜式玄門が取り付けられた様な形状のものなどその形状は様々です。石棺式石室の一つの起源と思われる横口式家形石棺では、その古式のものが九州の筑後や肥後方面に多く認められていることから、これらが出雲地方の横口式家形石棺の有力な起源の候補として考えられています。実際に出雲地方の横口式家形石棺や石棺式石室の前壁に見られる刳抜き戸口の閉塞構造は、筑後の石人山古墳や、肥後の江田船山古墳の横口式家形石棺で見られる横口の構造と酷似していることも、両者の関連性が深。但し九州の横口式家形石棺は戸口が妻入り側に付くのに対して、出雲では平入りに付くという違いが見られます。また石棺式石室でも同様に妻入り型と平入り型が存在しますが、出雲地方の石棺式石室は横口式家形石棺と同様、妻入り型が多いようです。出雲地方の家形石棺には、刳り抜きと組合わせの両形式がありますが、いずれも平入りの横口が身の片面に刳り抜かれています。石棺式石室が横口式家形石棺を起源とするものであれば、石棺の中に更に石棺を置いていることになりますので、やはり石室と見なす方が整合的です。

 

出雲地方は、山陰地方でも特に家形石棺の多くみられる地方ですが、主流となるのは同地に特徴的な横口式家形石棺で、畿内型の家形石棺は稀にしか認められません。これらの横口式家形石棺は、畿内で家形石棺が多く造られた時期に製作されたものですが、畿内からの影響を考えるより、むしろ九州の組合せ家形石棺や、石屋形などからの影響を考えるべきと言われています。興味あることに出雲では、九州の筑肥地方に分布中心を持つ石屋形様の施設が確認されています。今回も松江市古墳の石棺式石室では玄室の側壁に沿って石屋形が置かれていました。ただ筑肥地方の石屋形に比較すると、その大きさも形状も異なった物になっていますが、出雲地方の石屋形はより棺に近い形状をしています。一方では筑肥地方とは異なり石棚を持つ石室が現状では一例も報告されていないことが、石屋形の形状の差異と関連があるのかも知れません。

 

横口式家形石棺の他に出雲に特徴的な石棺として舟形石棺が上げられ、現在10基ばかりのが知られています。これらは毘売塚古墳や竹矢岩舟古墳などの前方後円墳をはじめ、出雲の有力な前半期の古墳で採用されています。出雲地方の舟形石棺の特徴は、身と蓋の合わせを印篭蓋合わせにしていることで、同様の形態が九州阿蘇の石材による舟形石棺に見られることから両者の技術的な関連が指摘されています。以上、出雲の石棺では畿内よりもむしろ九州との関連が多く見いだされ、日本海を介した密接な交流の存在を窺い知ることが出来ます。他方、出雲地方では丹花庵古墳の畿内的な長持形石棺も知られていますが例外的な存在と考えられています。

 

横穴式石室

出雲・伯耆・因幡地方の石室。出雲の中でも石室の形態は多様性に冨み、また独自性の強い物が多く見られます。近畿地方や瀬戸内沿岸地方の石室と比較するとその違いが良く分かると思います。

石棺式石室

これまでに見学した石棺式石室で主なものを掲載。下野(栃木県)の石棺式石室と比較して見てください。出雲と下野が共通の古墳文化を保有していることは興味深いですね。

家形石棺

出雲地方の代表的な横口式家形石棺を掲載。家形石棺の分布中心である近畿や山陽など他地方の石棺と比較してみて下さい。

舟形石棺

出雲地方の代表的な舟形石棺を掲載。破壊を受けているものもありますが阿蘇熔結凝灰岩製の石棺などは他地方の同種の石棺と見比べると面白いと思います。

 

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島根県の横穴式石室画像はこちらをクリック

石棺式石室の画像はこちらをクリック

 

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