
今回は7年ぶりの広島県下の古墳探索に出掛けてきました。福山を起点に国道2号線沿いの古墳を見学、尾道市から、世羅町、上下町まで足をのばし最後は新市町から芦田川沿いに福山まで帰ってきました。前回福山を訪ねたのは1995年5月、一泊二日の旅程で福山市から新市町、三原からの古墳を見学しましたが、今回はその時に資料不足で見学できなかった古墳を中心に廻ってきました。前日は広島で仕事、福山で一泊し翌朝レンタカーを借りて出発、朝方は日も射すくらいでそれほどの天気の崩れもないかと期待しましたが、こんな時に限って天気予報はズバリ的中するもの、午前中は生憎の雨、尾道市から世羅町への移動中にはもの凄い雨の中での山越えとなり、霧もかかって最悪のコンディションになってしまいました。しかし世羅町に着いた頃には雨も上がり暫くすると日も射すくらいに回復、その後はほとんど雨にも降られることはなかったのですが、雨は止んでも下草が濡れていて、古墳を見学するたびにビショビショ、こんな時は本当に車があるとありがたいですね。しかし広島では前回も雨に祟られ、今回も午前中は雨と二連敗、広島とは余程相性が悪いのでしょうか(^^)。
|
福山城 |
イコーカ山古墳 |
福山駅近くで車をレンタル、当然今回もカーナビ付きのヴィッツ、国道2号線を三原方面に進み、まず備後赤坂駅近くのイコーカ古墳を見学、国道2号線と山陽本線とに挟まれ窮屈そうに存在していました。続いて今回の「初あな」であるスベリ石古墳を見学、山の中腹にあり急な坂道を息せき切っての登山、朝っぱらから良い運動になりました。古墳の方は見応え抜群で、景色もなかなか良かったのですが、雨が降りだしたために急いで下山、車に戻った頃にはもうビショビショになってしまいました。対向車を恐れながら狭い旧道を東に向かい坂部古墳群へ、二基の石室を見学し、山陽自動車道を挟んだ向かいの丘陵に存在する本谷1号墳へと向かいます。民家の脇に道標があり勢いを増した雨の中ここでも山登り、暫く行くと、物置と化したなんやら石室様の構造物の前に「本谷1号墳」との標注を発見しましたが、「こりゃちゃうでぇ!」と素人でも古墳の石室では無いと分かります。本当の古墳はそれから更に山を登った丘陵の頂上付近にありました。封土はほとんど失われ天井石が露出していましたが、内部には楽に入る事ができました。雨も避けられ無事に写真撮影、しかしあのデタラメな標注は早く撤去したほうが良いですね。
|
|
|
|
スベリ岩古墳 |
|
|
4号墳 |
4号墳 |
|
3号墳 |
3号墳 |
|
板部古墳群 |
|
|
|
|
|
本谷1号墳 |
|
国道2号線に戻り更に西進、永山バイパス脇の長谷古墳を見学、しかし分かり難かった、道路脇に「長波古墳入口」の道標を発見して、こりゃしめた!と喜んだのも束の間、指示する方向は草ボウボウ、折角乾いた服も一瞬にしてビショビショの状態、しかも古墳の場所も分からず、散々探したあげくにやっと見つけたけれど、古墳の回りも草がボウボウの状態、墳丘の周りや上を探し回って漸く開口部を発見することができました。開口部が狭かったので、手を伸ばしてデジカメで撮りましたが結構まともに写っていたのがせめてもの救いか、完全な濡れ鼠となり車に戻りました。次に見学した高岩古墳と鳥越2号墳は両者とも車を横付けでき見学も容易、高岩古墳の方は、結構立派な石室で状態も良く、立ったままで石室に入ることができました。鳥越2号墳は墓地の中にあり、封土がなくなり石室が露出し天井石も傾き危険な状態でしたが、玄室内部はほぼ完全な形で残っているようでした。雨の降る中、県道を甲山町方面へ向かい、途中尾道市の猪子迫古墳を見学、この古墳も丘陵の中腹にあり、雨の中急な坂道を登り疲れました。墓地の片隅に石室が開口していましたが、天井石が立派なこと、この辺りの石室墳に共通する特徴なのでしょうか、皆玄室の天井石は立派でした。
|
|
|
|
長波古墳 |
|
|
|
|
|
高岩古墳 |
|
|
|
|
|
鳥越2号墳 |
|
|
|
|
|
猪子迫古墳 |
|
次の目的地である世羅町までは少し距離があるため、30分ほど雨中の運転、山の中を走るので、雨足が強くなったり、ガスが発生したりと結構運転に気を使い疲れました。予定通り昼過ぎには世羅町に到着、世羅町で代表的な古墳といえば康徳寺古墳ですが、これについては前回を訪ねていますので、その時に存在を知らずに見過ごしてしまった古墳を見学しました。移動中、どうなることかと気をもんだ天気もいつの間にかに回復し日も射してきました。まずは最も離れた場所に存在する加茂地区の亀の尾2号墳に向かいます、資料では国道から見えると書いてあったのですが全く分かりません。地主さんの家を教えてもらい訪ねると本当に親切に教えて頂く事ができました。しかし、あの場所は絶対に聞かないと分からないでしょう。その上古墳に行き着くまでもまた一苦労、道もなく雨に濡れた藪を掻き分け、幾度となく蜘蛛の巣が顔にへばり着いてきしょいのなんの、でも古墳は優れもの、状態の良い見事な石室を見学することができました。続く神田2号墳も地元の方に訪ねて無事に発見、大変親切な方で間違った方向に歩こうとしたら、わざわざ車で駆けつけて誘導してくれました。古墳の方はかなり破壊が進んでいましたが切石造りの見事なもので、横口式石槨様の構造をしており大変珍しいものでした。次に見学した近成山1号墳も目立たず分かり難い場所にありましたが、こちらも地元の人に訊ね無事に見学できました。こちらの石室も特徴があり、巨大な切石を組み合わせて構築されたもので、床石にも巨石が使用されていて、大型の横口式石槨の様な感じがしました。
|
|
|
|
亀の尾2号墳 |
|
|
|
|
|
神田2号墳 |
|
|
|
|
|
近成山1号墳 |
|
世羅町から一路上下町へ、午前中の雨が嘘のように天気も回復、目差す南山古墳は県道沿いにありすぐに発見できました。小型の前方後円墳で、北向きに石室が開口しています。玄室の形状が特に変わっていて、奥壁に向かうに従い広がる羽子板状の形状です。谷を挟んだ隣の丘陵の中腹にある平山古墳も石室が開口、こちらは十数mの円墳でしたが、横穴式石室の状態は良好でした。上下町ではこの二基の古墳のみ、県道24号線を更に南下し、府中町から新市町へと向かいます。新市町では常権現古墳群を見学、この古墳も分かり難い場所にありましたが、地元の方に訊ねて無事に発見。現場で古墳の場所を訊ねた地元のおじさんが、わざわざ案内までしてくれまして、合計四基の横穴式石室を見学することができました。群中最大規模の石室である常権現1号墳は完全に物置と化していて、巨石で構築された奥壁や天井石を見学できなかったのは残念ですが、石室の巨大さは、玄室に置かれている漬け物樽と対比する事ができ、かえってその大きさが際立つように感じました。この石室は今回見学した他の石室とは異なり、非常に背の高い石室で、断面形は台形を示すという特徴を持っていました。また資料によりますと竜山石の石棺材も検出されているとのこと興味は尽きません。案内して頂いた方のお宅の裏庭にも石室が開口、更に100m位離れた竹藪の中にも小型の石室が開口していました。
最後は福山市の山の神古墳を再訪、この古墳は前回見学していますが、その時に持っていたカメラの性能が悪く満足できる写真がなかったため、帰路の途中でもありもう一度見学しました。片袖型で持ち送りの強い特徴的な石室を撮影する事ができました。見学後近くの神社の駐車場に車を停めて着替えをし、福山駅へと、多少渋滞には巻き込まれましたが、ほぼ予定通りに帰着することができました。
|
|
|
|
南山古墳 |
|
|
|
|
|
平山古墳 |
|
|
1号墳 |
1号墳 |
|
9号墳 |
9号墳 |
|
|
|
|
権現古墳群 |
|
|
|
|
|
山の神古墳 |
|
今回見学した石室はほとんどが片袖型、大型の石室では高さに比べ幅の広く、断面がマッチ箱のような平たい直方体の石室が多いように感じました。また高所に存在する古墳が多く見学するのに一苦労でした。福山市では、瀬戸内方向に開口する石室がほとんどであり、古墳の立地場所も瀬戸内海を見渡せる丘陵の中腹以高にあり、瀬戸内海を充分に意識したものであるといえます。景色は良いのですがその分見学するのに苦労しました。特に福山市のスベリ石古墳や、尾道市の猪子迫古墳は急な山道を登った上にあり大変でしたが、古墳の方は一見の価値あり、疲れも吹っ飛びます。
今回最も印象に残ったのが「今月の一穴」で取り上げた近成山1号墳です。切石状の巨石で構築された横穴式石室で、特に変わっているのが床にも同様の巨石が使用されていることです。従って奥壁、左右側壁、天井、床と、一枚の巨石で構築されているので、大型の横口式石槨の様な感じがしました。神田2号墳は石材が抜き取られ、半分程度が補強された石材でしたが、大型の切石で構築された石室は、新市町の古墳の石槨に似た印象を受けました。
参考資料
日本古墳大辞典:東京堂出版
日本の古代遺跡26広島:保育社
探訪・広島の古墳:芸備友の会
吉備考古ライブラリィ・5吉備の古墳(下)備中・備後:吉備人出版
謝辞
敷地内に所在する見学を快く承諾して頂いた地主の方々には心より御礼申し上げます。また道を訪ねた際に親切にご対応下さいました各古墳の地元の方々にもこの場を借りて深く御礼申し上げます。ありがとうございました。
横穴式石室画像はこちらでご覧下さい